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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)79号 判決 1972年11月28日

原告

株式会社佐竹製作所

右代表者

佐竹利彦

代理人弁理士

新関和郎

被告

米山金次郎

代理人弁理士

福田武通

中山伸治

主文

特許庁が、昭和四二年五月一三日、同庁昭和四〇年審判第三八五三号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三三年一二月一一日、名称を「横軸研削長行程精穀機」とする発明について特許出願をし、これについて、昭和三四年一〇月一七日出願公告があり、昭和三五年六月三〇日特許権の設定登録がされた(特許第二六二九六二号)。ところが、昭和三五年一二月一六日、被告から右特許の無効審判の請求があつたので、原告は、昭和三八年一二月一二日、願書に添付した明細書について訂正審判の請求をした(昭和三八年審判第五五三九号事件)。その訂正事項は別紙記載のとおりである。そして昭和四〇年三月一二日、右請求のとおり明細書を訂正すべき旨の審決があつたが、これに対し、同年六月一六日被告から訂正無効審判の請求があり(昭和四〇年審判第三八五二号事件)、昭和四二年五月一三日、右訂正を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。)がなされて、その謄本は同年六月二日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

(一)  本件特許発明の原明細書には、「研削部に螺旋のない」「砥粒によつて粗雑面となした研削部に螺旋のような大突起物のない研削転子」等を表わす字句が全く記載されていない。しかし、右原明細書に「研削転子の全面が有効に精白機能を発揮し得るものである」と記載してあり、添付図面には螺旋のない研削転子が明瞭に記載されている。また、本件特許発明における研削転子の表面が平滑面でなくて粗雑面であることは、技術上当然のことであり、さらに、精穀用研削転子(ロール)として砥粒からなる金剛砥ロールを用いることは、従来から慣用されていて、公知である。したがつて、別紙訂正事項(a)ないし(f)は、原明細書および添付図面に類推できる程度に記載されているものであつて、そのうち(a)ないし(e)は明瞭でない記載の釈明であり、訂正の前後において作用効果に実質上の差異がないので、(f)は特許請求の範囲を減縮するものであつて、実質上これを変更するものではないと認められる。

(二)  しかしながら、本件訂正は、結局、特許法第一二六条度三項の規定に違反し、無効とすべきものである。その理由は次のとおりである。

訂正後における本件特許発明の要旨は、訂正明細書の特許請求の範囲の記載に徴削部に螺旋のない横軸研削転子を内装しし、「研て精白室を構成する多孔壁筒の一部もしくは全面の内面において穀粒を前記転子の廻転方向に旋廻しながら誘導前送する方向に傾斜誘導片を設け、この傾斜誘導片の傾斜角を調節するようにしたことを特徴とする横軸研削長行程精穀機。」にあるものと認められる。そして、本件特許発明の特徴は、(A)実公昭二八―七六六二号公報(以下「第一引用例」という。)および、実公昭三〇―七四一号公報(以下「第二引用例」という。)の記載によつて従来公知の横軸研削長行程精穀機における研削性材料製の転子の送穀用螺旋をなくして、精穀筒によつて送穀するようにするとともに、(B)該精穀筒による送穀を調節できるようにした点にあるものと認められる。

これに対し、本件特許出願前国内に頒布された、特公昭三二―二七一七号公報(以下「第三引用例」という。)および特許第六九一九〇号明細書(以下「第四引用例」という。)には、それぞれ次の(x)および(y)のような精穀機が記載されている。

(x) 研削部に送穀用の螺旋のない円形研削体(横軸研削転子)を内装して精白室を構成する糖孔を散穿した廻転筒(多孔壁筒)の全面の内面において、穀粒を前記研削体(転子)の廻転方向に旋廻しながら誘導前送する方向に螺旋送り(傾斜誘導片)を設けてなる横軸研削精穀機。

(y) 螺旋杆(横軸研削転子)を内装して精白室を構成する金網製円(多孔壁筒)の一部の内面において、前記螺旋杆(転子)の廻転方向に旋回しながら誘導前送する方向に傾斜した導板(傾斜誘導片)を設け、この導板(傾斜誘導片)の傾斜角を調節するようにした横軸型精穀機。

そこで、本件特許発明の特徴(A)、(B)と従来公知の右(x)、(y)の精穀機とを対比すると、(A)の特徴が(x)の精穀機において具体化されており、(B)の特徴が(y)の精穀機において具体化されていることが明らかである。もつとも、(y)の螺旋杆によつて穀粒に与える旋廻作用は前進方向の分力を伴うものであるのに対し、本件特許発明の研削転子によつて穀粒に与える旋回作用は前進方向の分力を伴わないものである点において相違している。しかし、本件特許発明において砕穀の発生を防止するために研削転子の周速度を小さくすればするほど、穀粒に与える旋回速度が小さくなり、同時に傾斜誘導片による前進方向への誘導速度も小さくなる。そして、この前進方向への速度が所望以下の速度になるときは、その速度を助勢する手段として、研削性材料製の送穀用螺旋を避けて、鉄製の送穀用螺旋を研削転子に連設することは、技術上容易に首肯できることであるが、このような場合には、転子によつて穀粒に与える旋廻作用に前進方向の分力を伴うものであることが明らかであるから、前進方向の分力の有無についての前記相違点に発明を認めることはできない。したがつて、本件特許発明の特徴を具体化するために、(x)における内面に螺旋送りを有する廻転筒を、(y)における傾斜角を調節できるようにした導板を内面に有している金網製円に取り替えて、本件特許発明のような構成にすることは、必要に応じて容易になしうるところであつて、発明を構成しないものである。

以上のとおり、訂正後における本件特許発明は、第一および第二引用例によつて従来公知の横軸研削長行程精穀機について、第三引用例および第四引用例記載の事項から、当業者が必要に応じて容易になしうるものであつて、特許要件を具備しないものであり、したがつて、本件特許明細書の訂正は特許法第一二六条第三項の規定に違反して認められたものであり、これを無効とすべきである。<後略>

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点および訂正後の本件特許発明の要旨がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二原告は、別紙記載の訂正事項(f)、すなわち、本件特許発明の特許請求の範囲の記載中「横軸研削転子」の前に「研削部に螺旋のない」と付加訂正することは、不明瞭な記載の釈明にすぎないと主張するが、この主張は理由がない。すなわち、第一引用例ないし第四引用例(いずれも本件特許出願前国内に頒布された刊行物である)によると、横軸研削式の精穀機には、研削転子に螺旋のあるものと螺旋のないものとの二種類のものがあることが認められ、また、本件特許発明の出願公告公報によると、本件特許発明の実施例としての添付図面に螺旋のない研削転子が表示されているだけで、本件特許発明においては研削転子に螺旋のないものに限定する旨の記載に見出しえないことが明らかであるから、横軸研削式精穀機の発明にかかる本件特許発明において、単に「横軸研削転子」といえば、これに螺旋のあるものと螺旋のないものとの双方を含むものと解すべきであり、したがつて、本件訂正によつて、特許請求の範囲の項に「横軸研削転子」とある前に「研削部に螺旋のない」と付加訂正することは、明らかにその一方に限定したものというべく、特許請求の範囲の減縮に当ることはいうまでもないことである。それ故、右訂正につきさらに特許法第一二六条第三項を適用して、訂正の適否を判断した本件審決は正当であり、この点に関する原告の主張は理由がない。

三次に、原告は、本件審決が訂正後の本件特許発明の特徴とした(A)および(B)の認定は、いずれも精穀筒が送穀作用をするものとした点において誤つている旨主張する。しかし、本件審決の右認定は、従来公知の研削性材料製の転子に送穀用螺旋を施こした横軸研削長行程精穀機が転子の廻転によつて送穀するのと対比して、本件特許発明にかかる精穀機は、精穀筒(精白室を構成する多孔壁筒)の内面に設けた傾斜誘導片に誘導して送穀する主旨のものであることを示すために、精穀筒によつて送穀するという表現を用いたのであることは、本件審決理由の要点に徴し明らかであるばかりでなく、原告自から、本件特許明細書の発明の詳細な説明の項において、右の送穀手段を「一種の精穀筒送穀作用」と表現していることを認めることができるから、原告の右主張は理由がない。

なお、原告は訂正後の本件特許発明の要旨中、「傾斜誘導片の傾斜角を調節する」とは、傾斜誘導片の傾斜角を個々別々に変位調節しうることをいうのであり、この点も本件特許発明の重要な特徴である旨主張し、本件許明細書中の発明の詳細な説明の項に、傾斜誘導片の傾斜角を各別に調節して、精白室全行程の穀粒の流動密度を均整化しうる旨の実施例の記載があり、またこれと照応する図面の記載があることを認めることはできるけれども、これらはいずれも実施例の説明にすぎず、発明の構成を示す要旨において、単に「傾斜誘導片の傾斜角を調節する」といえば、傾斜角を一律に調節することも各別に調節することも、すべて含むものと解するのが相当であつて、各別に調節する場合のみを指すものと限定的に解すべき根拠はないから、原告の右主張も採用することができない。

次に、第三引用例記載の精穀機(x)にあつては、送穀は、研削体(転子)と反対方向に廻転する廻転筒(多孔壁筒)の内壁に設けられた螺旋送りの作用により流動移行することによつて行なわれるものであることが認められ、したがつて、本件審決が、穀粒は研削体(転子)の周囲を廻転するかのように認定したことは誤りであるといわねばならず、また、第四引用例記載の精穀機(y)は、穀類中精穀作業の困難な高梁について、その乾燥程度又は品質により、やや長く摺擦する必要がある場合は導板を螺旋杆に対し正交の位置におき、長く摺擦することを不要とする場合は導板を螺旋杆と斜交する位置にあるように、導杆を左右に移動調節しうるようにしたものであつて、その趣旨よりすれば、導板は送穀のためのものではなく、むしろ螺旋杆による送穀を調節して、穀粒の摺擦の程度を加減し、適度に精白しようとするもの、すなわち、螺旋杆の廻転による穀粒の前送りを抑制する作用を営ましめるためのものであつて、積極的にこれを促進する作用を営むものでないことが認められ、したがつて、本件審決が、導板(傾斜誘導片)は螺旋杆(転子)の廻転方向に旋廻しながら誘導前送する方向に傾斜したものとした認定は誤りであるといわざるをえない。

四ところで、本件審決は、訂正後の本件特許発明の特徴(A)が第三引用例記載の精穀機(x)において具体化され、同(B)が第四引用例記載の精穀機(y)において具体化されているというが、前認定のとおり、右(x)における送穀作用は、内壁に螺旋送りを有する廻転筒の廻転によるものであるに反し、本件特許発明のものにあつては、多孔壁筒は廻転せず、転子の廻転と傾斜誘導片の作用によるものであり、また、右(y)における導板は螺旋杆による送穀を抑制しようとする作用をするものであるに反し、本件特許発明のものにおける傾斜誘導片は送穀を促進しようとするものであるから、本件審決の右認定は、いずれも誤りであるといわざるをえない。したがつて、本件審決のいうように、右(x)の内面に螺旋送りを有する廻転筒を、(y)における傾斜角を調節できるようにした導板を内面に有する金網製円にとりかえてみたところで、本件特許発明の精穀機の構成とすることはできないものであり、したがつて、また、第一引用例ないし第四引用例記載のものから直ちに本件特許発明のものを容易に推考しうると断定することは早計であつて、結局、本件審決は右結論における認定判断を誤つたものといわざるをえない。

五以上のとおり、訂正後の本件特許発明が第一引用例ないし第四引用例記載のものから容易に推考しうるものであつて、出願当時特許要件を具備せず、したがつて、本件訂正は特許法第一二六条第三項の規定に違反して認められたものであつて、無効とすべきものとした本件審決は、違法として取り消されるべきものである。(なお、本件訂正事項中(a)ないし(e)は、明瞭でない記載の釈明として、その訂正は適法であるとしながら、これらの点をも含めて本件訂正をすべて無効とした本件審決は、それ自体矛盾であつて、その限度において、やはり違法として取り消すべきものである。)

よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を理由ありと認めて認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(青木義人 石沢健 宇野栄一郎)

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